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ショートストーリー5(夜明・銀河) 1ページ目

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 銀と金の狭間に輝く月。
 照らされる石造りの古城。
 かつては手入れをされていたのだろう庭園は荒れ放題に荒れ、雑草が茂り、長らく人の手が入っていないことをうかがわせる。ところどころに置かれた石像は苔むして、蔦が絡まり、あるいは部位が欠損していたりする。
 今、その庭の片隅にある時計塔の中を、グロリアは歩いていた。
 黒いウェーブの髪。整った顔立ち。赤い刺繍のほどこされた白いローブを身にまとい、革のブーツをはいて、馬手に木の杖、弓手にランタンを装備している。ちらちらと揺れる頼りない明かりの中、静止した歯車の群れを横目にゆっくりと階段を上っていく。
 前方の闇の中を見据えていた瞳がすっと細められ、次の瞬間、グロリアは横に跳んだ。
 それを追うように、足元を叩く衝撃音が立て続けに三つ。革靴が着地して石段の埃を舞い上げ、ローブの裾がふわりと空気をはらむ。グロリアは杖を眼前に掲げて魔法の詠唱を開始する。
 敵の第二射。蒼い光弾が、今回も三つ。
 グロリアはそれを避けようともせず、
 光弾は一瞬にして眼前に迫り、
「聖なる守護を!」
 叫んだ瞬間、グロリアの周囲を淡い光の膜が包んだ。
 飛来した光弾が、光の膜に触れた瞬間に溶けるように消え失せた。白の防護魔法は十秒の間、自身への黒魔法のダメージを完全に無効化することができる。
 グロリアは石段を駆け上がる。前方に闇色のローブの人影を捉える。
 ランタンを腰に提げる。身体を大きく前傾姿勢にしながら駆け、右手の杖をぐるりと回転させて宙空に攻勢魔法陣を描く――発動。本来は治癒魔法のスペシャリストである白魔法使いが、その治癒能力を一時的に攻撃能力へと転化させる術。とはいえ、白魔法使いは万能ではない。黒魔法使いの魔法のように、遠距離・広範囲の攻撃をしかけることはできない。敵もそれがわかっている。ローブの人影、黒魔法使いは階段を上へ、グロリアから距離を取るように移動する。
 防護魔法が切れるまであと七秒。黒魔法使いと白魔法使いの直接対決は、よくもわるくも泥仕合にはなりにくい。そもそもが攻撃魔法に特化している黒魔も、攻勢魔法陣の影響下にある白魔も、生身の人間を相手にするには攻撃力が高すぎるのだ。決着は一撃でつく。だからこそ、集中力を極限まで研ぎ澄まさなければならない。グロリアは駆ける。
 防護魔法が切れるまであと四秒。充分に距離をとったと判断したローブの人影が、魔法の詠唱を開始する。グロリアは展開された魔術式の構成から、それが【スパークスパイク】であると認識――キャストタイム三秒、効果は一度きり、自身に攻撃してきた相手に対して凄まじい威力の放電による反撃を行う――それらを一瞬で意識して、グロリアは黒魔との位置関係を測る。敵は階段の上方、おそらくは踊り場になっている部分に立っている。そこまでグロリアが到達するまでに、五秒はかかる。【スパークスパイク】の発動を止めることも、白の防護魔法が切れる前に黒魔の位置まで到達するのも、不可能だろう。が、ここで時間を取るのは悪手だ。白の防護魔法はリキャストタイムが百二十秒だ。一度防護魔法が切れれば、当面は無防備になってしまう。
 防護魔法が切れるまであと二秒。グロリアは【ショック】の詠唱を始めながら、腰に提げたランタンを再び左手に、それを思い切り振りかぶって――投げた。
 防護魔法が切れるまであと一秒。ローブの男の【スパークスパイク】が詠唱終了。ほんの一瞬遅れてランタンが男に迫り、男はそれを杖で払う。ランタンは呆気無く撃ち落とされて床に炎を広げるが、そのランタンの投擲を「攻撃」だと認識した【スパークスパイク】が発動。熱した鉄の上に油をぶちまけたような音と共に、蒼白い雷光がグロリアを襲う――が、それはグロリアの全身を包む淡い光の膜に触れた瞬間に雲散霧消する。
 防護魔法が切れる。グロリアは既にローブの男の目前にいる。小さく口元に笑みを浮かべて、杖の先で男の腹部を突く――同時にキャストタイム2秒の攻撃魔法【ショック】の詠唱を終了。杖の先から男の身体へと電撃が走り、男は一度びくんと痙攣して、そのままどさりと床に倒れる。
「……」
 あたりには、静けさだけが残った。
 ほんの少しだけ乱れた息を整えながら、グロリアは昏倒した男の首に下がっていたアミュレットを手に取り、背後を振り返る。
「終わりましたよ」
 その声に、階段を上ってくる二人組の剣士と槍術士。いずれもまだ、着慣れない様子の鎧に見を包んでいる。剣士のほうが興奮したように、
「すごい……ソロでどうにかなるものなんですね」
 グロリアは薄く笑い、
「今回のは、シーズナルイベントのくせに難易度が高いですよね。いつもいつもイベントっていうと誰でも参加できる難易度になるのも問題ですけど、実際に高レベル専用のイベントにしてしまうのもどうかと思います……うまく住み分けができるようなバランス調整にしてほしいものですね」
 グロリアは言いながら、アミュレットを剣士に手渡した。剣士は申し訳無さそうに、
「でも、いいんですか? いただいちゃって」
「いいんですよ。私にとっては簡単なことなんですし」
 グロリアはにっこりと笑い、
「いつかあなたたちがベテランの冒険者になったとき、ビギナーの人に、同じようにしてあげてください」
 言い残してログアウト処理を開始する。
 あの、もしよろしければフレンド登録お願いできませんか、と槍術士が言ったのが、一瞬だけ目に入った。


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