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ショートストーリー5(夜明・銀河) 2ページ目
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右手をマウスから離して、パソコンデスクの前で、黒田夜明は深い息を吐いた。
知らない人と話すのはものすごく苦手だ。
MMOに向いてないのかもしれない、とも思う。が、それはそれとしてゲームの1ジャンルとしてのネットワークゲームは好きなのだから困ったものである。
MMOというのは――まあ要するに、ネットワークを通じて、ひとつの世界の中で、たくさんのプレイヤーが同時に遊ぶゲーム、である。Fatal Funeralは日本のわりと老舗なゲームメーカーが半年ほど前に正式リリースしたMMORPGであり、夜明はそのβテストから参加しているディープなプレイヤーであった。
のだが、夜明にはフレンドと呼べるようなフレンドはいない。
一応、フレンドリストには十名ほどの名前が登録されている。が、その誰もが「一度どこかで行動を共にして、フレンド登録だけはしたものの、そのあと個別チャットの一回すらも送っていない」相手である。
もちろん、寂しくないわけではない。
だから夜明は、数ヶ月前に銀河をこのゲームに誘ったのだ。一緒にオンラインゲームをやらない? と。しかし銀河は「心苦しいのですが」と前置きをして、申し訳無さそうに続けた。
「何しろネットワークゲームというのが時間食い虫だということは俺も知っています。うまく付き合うことができる器用さを持ちあわせていればいいのですが、俺の場合はやるとなったらとことんというタチなので……漫画制作のほうに支障をきたしてしまいそうなのです。なので、すみませんがご一緒することはできません」
銀河の言うことはもっともであった。
プレイスタイルとかゲームシステムとか云々の話はさておき、事実として、夜明のFFのステータス画面を開けば「Total Play Time : 655:47:32」の表示がある。一日平均とかなんとか、考える必要もあるまい。結果トータルとして、650時間もの時間が、既にFFに費やされているのだ。
無論、夜明としては、それ自体を時間の無駄などとは思わない。むしろソフト代金と月額利用料で、それだけ長い時間を楽しめていることを嬉しく思う。
だが、漫画家になるために一秒でも多くの時間を積み重ねようとしている銀河に、それを押し付けることはできない。
立ち上がる。
夜明の部屋は、パソコンデスクが置かれているのが異質な感覚を受ける、和室である。畳敷きで、和箪笥と机と本棚が置かれ、廊下にはふすまでつながっている。
夜明は机の上からスマートフォンを手にとって、メッセンジャーアプリを立ち上げた。ルナの名前をタップして、メッセージを打ち込みかけて――やめる。
たとえばルナならば。
夜明は、やめておけばいいのに、そんなことを考える。
もしルナがFFをプレイしていて、先ほどのシーズナルイベントに参加していたとしたら――まあそもそもの前提として、ソロで参加はしないだろう、というのはある。きっと気の知れたフレンドが何人かできていて、それと一緒に仲良く参加しているだろう。
まあそれでも、たまたま何か理由があってフレンドが全員オフラインのタイミングか何かがあって、ソロでシーズナルイベントに参加していたとしよう。
ルナならば、初心者冒険者に対してあんなかたちのヘルプはしないだろう、と夜明は思う。ルナがどのロールでゲームをするかはわからないが、少なくとも先ほどの夜明の立場でいえば、職業は白魔法使いだった――ロールでいえば、ヒーラーだったのだ。二人の回復役に回ることだって、もちろんできた。
だが、ソロで倒してしまうのが、楽だったのだ。
あらゆる意味で。
単純に戦闘としても、低レベルの剣士と槍術士に高レベルの白魔が加わる構成より、白魔ソロの方が戦闘能力は高い。まず守備の面で、守らなければならない対象が自分だけなのと、3人なのとでは大きく違う。そしてその余計な守備に割く分の力を攻撃に回すことで、低レベルの二人を合わせたのよりも遥かに高い攻撃力を叩き出すことができる。
それに加えて、仮にルナであれば――「理想的な先輩であれば」そうするように、二人に戦闘のメインを無理にでもさせて、自分がサポートに回るようなことをすれば、必然的に新人の二人とコミュニケーションを取らなければならなくなる。
それは、戦闘が云々よりも、夜明にとっては遥かに難易度が高いことであった。
でも、ルナならば。
きっとスマートにそれをやってのけるのだろう、と思う。にこやかに笑って、軽い冗談でも交えながら会話を弾ませて、ビギナーの二人に「勝つ喜び」を与えながら同時にイベントの楽しみも与えて、最後にはきっとフレンド登録をして別れるのだ。おまけにそのフレンド登録もその場だけのものに終わらなくて、次にログインしたときに「困っていることはない?」とか声をかけてあげられて、それがきっかけで親しくなったりできるのだ。
そういうのが、コミュニケーション能力なのだと思う。
(ステータス、振り間違えたかなあ……私)
人生におけるステータス配分の割り振りがあったのだとしたら。対人スキルにもっと振っておくべきだったのだ、と思う。
そう思って――
(そもそも、ボーナスポイントの時点で、だめなのかな)
ステータスを見比べたとして。
ルナに勝っている数値が、自分のどこにあるのだろう。
思考の泥沼に落ちかけて――
夜明は、ふと、思い出した。
昨年の、12月31日のことだった。
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