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ショートストーリー4(銀河・ルナ・夜明) 4ページ目

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 鍵は開いていた。
「お邪魔します」
 声をかけながら、ゆっくりと扉を開いていく。
「……」
 黒髪ウェーブの女生徒が、部屋の中央に置かれた会議机に突っ伏して、小さな寝息をたてていた。
 教室の半分ほどの広さの部屋。左右の壁は一面の本棚になっているが、今はほとんど本が入っていない。正面の窓ガラスから差し込む夕方の陽光が室内を橙色に照らし、なんとなく「抜け殻」という印象を強くしていた。
「……」
 起こしたら悪い。出て行くべきだろう――
 そう思い、
 しかし、女生徒の顔の下に開かれているノートが気になってしまった。
 あの扉に貼られたイラストを描いたのは、この女生徒なのだろうか。
 だとすれば、もっと見てみたい。
 そう考えて、銀河はそっと、女生徒の近くに歩み寄った。
 だが、ノートに描かれていたのは、イラストではなかった。
 しかし、学校の勉強内容でもない。
 銀河にはすぐにわかる。これは――
「フローチャート……?」
 思わず声に出してしまった。
 けして大きな声ではなかった。が、先ほどより距離が近かったためだろうか――女生徒はゆっくりと目を開けて、
「……」
 銀河を見上げて、一瞬状況がつかめなかったかのようにまばたきをし、
 それから、がば、と身体を起こした。
「え、あ――えっと」
「ああ、すみません。ええと、2次元文化愛好研究部の見学をしたいと思いまして。1年E組の蒼乃銀河と申します」
 銀河が言うと、女生徒は口を半開きにして、
「え」
 と言ってから、ワンテンポの間を置いて姿勢を正し、
「は、はじめまして。く、黒田夜明。2年D組よ」
「はじめまして。時に、そのフローチャートは」
 銀河が言いかけて、
「っ」
 夜明は慌ててノートを閉じた。
 それを守るかのように覆い被さりながら、
「え、えっと、み、見た?」
「いえ、ちらりとだけです」
「そ、そう」
 ほお、と息を吐く夜明。
 銀河は中指で眼鏡を押し上げて、
「ゲームを作っておられるのですか?」
「  」
 夜明がフリーズした。
「菱形の1マスしか読んでいないのですが、アイテム名らしき固有名詞を所持しているか否かで分岐しておりましたので。いえ、自分も創作側の人間であるつもりですので、なんというか、そう恥ずかしがらんでください」
 夜明はうつむき、わずかに頬を紅潮させて――
「あ、あの、こ、この事は――」
「内密に、ですか」
 銀河が言うと、夜明はこくこくと頷く。
「喧伝する理由もないので、心配はいりません。このことは、二人の秘密、ということで」
「――あ、ありがとう」
「いえ、礼を言われるようなことは。むしろ盗み見てしまったことを謝罪せねばなりません」
 銀河は小さく頭を下げてから、
「ゲームが好きなのですか?」
 夜明は少し恥ずかしそうに、こくりとうなずく。
「アニメや漫画やライトノベルは?」
「あ、あんまり買えないから……ア、アニメはわりと観てるけど」
「今期のおすすめと言えば?」
「メ、メイ・ビー・ディフェンスフォースかな。げ、原作のライトノベルも買った……ほ、本当は円盤も欲しいんだけど、お、お金がなくて」
「なるほど」
 銀河は、にい、と笑う。
「俺も今期はメイビーが一番だと思います。本当は先ほども申し上げたように見学から始めようと思っていたのですが――こういうのは縁と勢いでしょう。2次元文化愛好研究部に入部させていただけませんか?」
「え、えっと」
 夜明は姿勢を正し、
「ひ、一つ、お、お願いがあるの」

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