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ショートストーリー3(???) 5ページ目
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私と千夏が「漫研」を設立したのは、それから半月ほど後のことです。私は乗り気じゃなかったんですけれど「乳比べをした仲じゃない」って押し切られました。とはいえ「部」じゃなかったですね、非公認だったので、漫画研究会です。うちの学校では構成員が3人以上いないと部って認められなくて、うちの漫研は千夏と私の二人だったので。
それでも、私と千夏は一緒にいろいろなことをしました。
夏コミに参加して、文化祭でイラストを展示して、冬コミで同人誌を出して、一緒に初詣に行って。大学受験の勉強を始めながら、それでも私たちは活動し続けようねって話をして。三年生になって、二度目の夏コミで二冊目の同人誌を出して、修学旅行では一緒の班で、冬コミには一般参加して、また初詣に行って――
受験も始まって、卒業を間近に控えた、二月。
ある日の放課後。
私と千夏は、一緒にケーキ屋さんに行きました。
どうしてそこに行ったのかは、憶えてないんですけど。まあ、千夏が行こうよって言って、私がうんって答えた、いつものパターンだったと思います。
繁華街の二階で、大勢の人たちが行き来する光景をガラス張りの窓から見下ろしながら、私はチーズケーキを、千夏はチョコレートケーキを注文しました。
そこで。
ケーキを食べながら、千夏は、ぽつりとこう切り出しました。
「……あのね、こはるん。ちょっと聞いてほしいことがあるの」
千夏が私に話を切り出すときはいつも勢い優先で、そんな前置きがあったことに私はちょっとだけびっくりしました。少しだけ警戒して、用心深く、
「……どうしたの、改まって」
と聞くと、千夏は数秒の間を置いてから、
「私、好きな人がいるの」
と言いました。
「好きな人?」
私が尋ねると、千夏はこくんとうなずいて、
「うん」
「……漫画とか、アニメとか、ライトノベルとか、ゲームのキャラじゃなくて?」
私は念のために聞きました。
千夏はもう一度こくんとうなずいて、
「うん。3次だよ」
「……」
私はちょっと信じられなくて、なんとコメントしていいかわからなくて、黙ったままケーキをフォークで切って、一欠片を口に運びました。
千夏は少し勇気を振り絞る感じで、
「……えっと、あのね」
言って、数秒の間を置いて、続けました。
「私、今は、その人に想いを伝える勇気は、ちょっとないんだ。もしかしたら、今だけの気の迷いかもしれないし。でも、それはとても大きな気持ちだから……私、それを作品にしてみようと思うの」
「……作品に?」
私が聞くと、千夏はうなずきました。
「うん。漫画にする」
「……」
「それで。でも、10年先も同じ気持ちを持っていられたら、そのとき――」
千夏は手元のケーキを見つめたまま、その先を続けませんでした。
私も、先をうながしませんでした。
それから、
千夏は顔をあげて、かすかに笑って。
ケーキをフォークで切って、
「こはるん、あーん」
言って、ケーキを私の口元に運びました。
「……恥ずかしいなあ」
と言いながらも、私は千夏のチョコレートケーキを一口もらって。
私も、チーズケーキを一口お返ししました。
そのあと、千夏と別れて、帰りの電車に乗っていると、メッセージが届きました。
「こはるん、今日もありがとう。楽しかったよ。ずっとずっと仲良しでいようね」
私は、こちらこそありがとう、これからもよろしくね、って返事しました。
――あとでメッセージのログを確認して気づきましたけど。
その日は、二月の十四日でした。
*
……。
私の話は、これでおしまいです。
……。
え、あー。
たしかに、はい。
はい、そうですね。
でも……いえ、おわかりにならないなら、それで。
それでも、私の話はこれでおしまいなんです。
え? その後、ですか?
うーん、まあ、ご想像にお任せしますよ。
ええ、はい。
それより、今更ですけれど、先生のご用件は?
え。
さっきのが本題だったんですか?
私はいいですよ、さっきも申し上げましたけれど。はい、すみません。
はい、はい。
それでは、失礼します。――よいお年をお迎えください。
電話が切られる。
12月23日。午後10時07分。
東京神田神保町。六階建てマンション「ウッディベル」の、601号室。本棚だらけの部屋。電源の切れたテレビ。静かにうなる冷蔵庫。電源の切れたドライヤー。食卓の上に置かれた一冊の本――A5サイズの、女の子同士の恋愛漫画の、単行本。
その著者の名は、柊ちなつ。
――ただ、それだけの、話である。

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