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ショートストーリー3(???) 3ページ目

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 その日、私が何を買ったのかまでは憶えてないです。多分漫画だったと思いますけど……新刊を、平積みのと棚差しのと両方チェックして、目ぼしい本を持ってレジに向かいました。
 タイミングってあるものだなって思うんですけど。その時ちょうど、千夏もレジに来たんです。で、こう……どっちが先かわからないっていう間の悪さだったので、お互い同時に一歩譲り合う感じになりました。
 あとになって知ることになるんですけど、千夏はちょっと抜けているところのある子で、そのときも必要以上に慌てたんですよね。手にしていた本を私から見えないように後ろ手に持とうとして、取り落としました。
 私は、親切心でそれを拾おうとしました。
 タイトルまでは憶えてないですけれど、漫画の技術書でした。
 ほら、年々マシになってきてはいるらしいですけれど、学校におけるオタク趣味への風当たりってやっぱりあるところにはあって。千夏は自分が漫画を描いていることを、周囲には内緒にしてたんです。
 千夏は顔を真っ赤にして、わたわたと慌てて、その技術書の上に別の本を重ねました。
 これって、千夏が何もなかったように振る舞えば、それで終わった話なんですよね。
 でも、千夏はちょっと慌て過ぎていて、充分に残念な子でした。
 ――み、見ました?
 千夏は、見ず知らずだった私に、いきなりそんなことを聞いてきました。
 私は、はい、って答えました。
 赤面していた千夏の顔が、一瞬で蒼くなりました。
 ――お願いです。どうか、このことは内緒にしてくれませんか?
 このことって?
 私は素でそう聞きました。千夏は口ごもって、
 ――その、私が、ま、
 ま?
 私の問いに、千夏は消え入りそうな声で答えました。
 ――漫画を描いていること、です。
 自白というか、自爆ですよね、これ。

 そのあと、自己紹介をしました。私と千夏はクラスは離れていましたけれど、同じ学年でした。駅までを一緒に歩きながら、漫画の話をしました。
 その頃の私は、漫画が好きで、ノートに落書きくらいはしたことありましたけれど、創作方面はまるっきりだったので――漫画を描く、っていうのを同世代の子がやっているっていうのがすごいなって、とにかく感心して、話を聞きたがって、いろいろ質問しました。
 千夏は、最初はすごく警戒してました。聞いたことはないですけれど、多分、からかわれた経験とかがあったんじゃないかと思います。でも、千夏が振ってくる漫画の話に、私は9割以上は対応できました。それはもう、本読みとしては、同年代ではそれなりに誇れるくらいには経験を積んでいましたから。それで私が本当の漫画好き――『消費物としてなんとなく暇つぶし程度で漫画を読む大勢の一般人の言う『漫画が好き』とは違う、『漫画を愛している』とでも言うべき好意』の――だということが伝わったんだと思います。
 私と千夏の、普段はできないレベルの漫画トークはとても盛り上がって――そのまま別れるのが惜しくなって、私たちは駅前のファーストフード店に入って話を続けました。
 2時間くらい話をして、連絡先を交換しあって、その日は別れました。

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