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ショートストーリー2(ひなた) 2ページ目

2ページ目

 長い髪をいつも通りのツインテールに結び、白いパーカーにデニムのミニスカートを合わせた。鮮やかな赤のコートをまとい、ニーハイブーツをはいて、マフラーをまけば出陣準備完了だ。
 待ち合わせ時間の23時30分ちょうどにコンビニ前に着くと、雪穂はその自動ドアの脇でひなたを待っていた。
「やっほー、雪穂」
「あ、ひーちゃん」
 雪穂は中学2年の時に同じクラスになって以来の、ひなたの友達である。アクティブなひなたに対してやや大人しすぎる感もあるが、そのあたりが逆にでこぼこコンビ的にいい具合になっているのか、一緒にいて心地の良い相手だ。今日も落ち着いた印象の紺色のコートに、無難な茶色のブーツを合わせている。
「待った?」
「ううん、さっき来たところ」
 雪穂はふるふるとかぶりを振る。
 が、その頬が紅潮しているのは寒い中で立っていたためだろう――とひなたは判断し、
「中に入ってればよかったのに」
 言いながら歩き始める。
 雪穂はその横に慌てて並びながら、
「でも、買い物するわけじゃないから……」
「痴漢とかに絡まれたらどうするのよ」
「……それは怖いけど」
「年末年始だし、酔っぱらいも多そうじゃない?」
「……」
 雪穂は無言で、ひなたとの距離をわずかに縮めて来た。……少し脅かしすぎたかもしれない。
「ま、まあ、お参りに行くんだし、神社の近くなら変な人もいないでしょ。それに、ほら、周りにも人が増えてきたし」
 気休めではなく、周囲にはちらほらと参詣に向かうのであろう人々の影が見えている。神社に続く道は大通りから少し離れているものの、常から設置されている街灯に加えて提灯があちこちに灯されており、あたりはそれなりに明るかった。
「そ、そうだよね」
「うん。それにしても、今年ももう終わりかー」
 ひなたが言うと、雪穂が感慨深げに続ける。
「なんか、あっという間だったね」
「そうだね……雪穂の第一志望、美杉北だったよね?」
「うん」
「そっか……うん」
 あと一ヶ月と少しで、高校受験が始まる。ひなたの第一志望は藍園学園高校だ。学校自体の偏差値としては藍園学園高校のほうが美杉北高校よりも高いが、雪穂の学力がひなたに劣っていることはない、とひなたは思う。ただ、美杉北高校が公立であるのに対し、藍園学園高校は私立で、学費が高い。その代わりに大学までエスカレーター式であるため、大学受験に際する代価の一切――塾などに通う費用、いくつもの大学を受ける受験料、それでも消せない浪人のリスクなどが無くなることになるのだが。
 しばらく前までは、雪穂と一緒の高校に行きたい気持ちも強かった。だけれどもいい意味でも悪い意味でも真面目すぎるひなたは、「自分の受験は自分一人の受験ではない」と思うのだ。
 両親はひなたに期待して、中学一年のときから進学塾に通わせてくれている。学校の先生たちもひなたに目をかけてくれている。塾の講師だって、ひなたのためにどれだけがんばってくれているか計り知れない。
 もちろん、そのそれぞれに損得があることだってわかっている。両親だって学校の先生だって塾の講師だって、ひなたが良い学校に行けば様々な意味でプラスがある。だけれども、それ以上の「気持ち」があることも、ひなたにはわかるのだ。
 だから、ひなたは全力でそれに応えなければならない。行ける範囲で、可能な限りで高いレベルの結果を残さなければならないのだ。それは父のためであり、母のためであり、教師のためであり、講師のためであり――もちろん自分のためでもある。
(……でも)
 なんとなく、神社へと向かう人の群れを目で探る。
 まだ人の姿自体がまばらなこともあって、その中に知った顔は無い。
「もうすぐ、別々になっちゃうのかー」
 雪穂は暗い空を見上げながら呟くように言い、それからひなたを見やって、
「やっぱり、赤井くんの志望校、聞いておいてあげればよかったかな?」
「――な」
 ひなたの顔が、一瞬で紅く染まる。
 ツインテールを逆立てて、
「あ、赤井くんは別に関係ないでしょっ!?」
「まーたまたー」
 雪穂はくすくすと笑い、
「いいかげん認めちゃえばいいのに」
「べ、別に私はっ」
 赤井くんのことなんて。
 ――そりゃまあ、どこの高校を受験するのか、気にならないって言えば嘘になるけど。でも、別にこう、男の子として好きとか、そういうのじゃない――と、思う。
 いや、うん、たしかに。たしかに私は、そういう、色恋沙汰というか、そっち方面には疎いけど。この歳になって、これが初恋なのかなー、って思ったりもしてるけど。
 ん、あれ? それじゃやっぱり私は、赤井くんのことが
「……別に私は?」
「あー、いや、なんというか」
「あ、赤井くん」
「えっ!?」
 ひなたは素早かった。
 一瞬で髪を整え直し、衣服の乱れをチェックして、微笑みを浮かべて、
「……どこ?」
「がいたとおもったけどきのせいだったー」
「何よその棒読みは……」
「ひーちゃんさ」
 雪穂はちらりとひなたを見やり、
「チャンスはもうあんまりないよ? これから受験シーズンになったら公欠も増えるし、バレンタインなんて受験日程真っ只中だしさ。卒業して学校がバラバラになったら、そのままになっちゃう気がするし」
「……」
 たしかに、それはそうなのだろうと思う。
 でも、だからと言って、どうすればいいのだ。
 まだ私は、赤井くんのことが好きって決まったわけでもないのに。
「あ、赤井くんだ」
「もう、いい加減に――」
 言いかけて。
 雪穂が示す先を見やって、ひなたは一瞬思考停止する。

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