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ショートストーリー1(ルナ・銀河・夜明) 7ページ目

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「それじゃあ、今日はこれで」
「ああ、気をつけて帰るんだぞ」
 夜の藍園駅。あたりには雪が積もり始めている。
「電車が止まらないといいのだが。もし不安ならば、泊まっていっても構わないのだぞ?」
「ううん、大丈夫。途中まで行ければ、もし止まってもお父さんに電話すれば迎えに来てもらえると思うし」
「そうか。――ルナくん」
「はい?」
 銀河はいつものように、口元に笑みを見せながらルナに問いかけてくる。
「今日は楽しかったか?」
「? はい、楽しかったですよ」
 ルナが答えると、銀河は眼鏡を中指で押し上げて、
「――俺もな、かつてはクリスチャンでもないのにクリスマスにバカ騒ぎをするのはバカのすることだと思っていた」
「……」
 クリスチャンでもないのにクリスマスに騒ぐなんて。
 それは、銀河からクリスマスパーティの誘いを受けたとき、ルナが言った言葉だ。
 そのときは、夜明の誕生日の件を聞かされて、誘いには乗ったのだけれど。
「だが。結局のところ、全ての記念日においてその記念日の意味を定めるのは、その記念日を迎える者なのだ」
「……?」
 銀河がしがちな、難しい言い回しだった。
 ルナの心中の疑問を汲み取ったかのように、銀河は続ける。
「正月にはまた一年を無事に始められることへの感謝の気持ちを確かめるように。バレンタインやクリスマスには互いを想う気持ちを確かめるように。日頃忘れがちな、だけれども大切なものやことを、何かの折につけて確認しておくのは大事なことだろう」
 銀河は夜明をちらりと見やって、
「誕生日にしてもそれは同様だ。俺は夜明先輩と出会えたことに心から感謝している。だからこそ、その夜明先輩がこの世に生まれ出てきてくれたことを嬉しく思う。今、こうして共にいることをありがたく思う。そんなこと、日常の中では恥ずかしくて言えたものではないだろう。だが、それはきっと、たまにはきちんと伝えなければならない、大切なことだ。だからこそ、一年に一度の誕生日という機会を見計らい、それを伝えるタイミングとする。それが、俺の迎えた夜明先輩の誕生日の意味だ」
 銀河はきっぱりと言い切った。
 夜明の顔が赤らんでいるのは、寒さのせいだけでは、きっと、ない。
「言っておこう、ルナ」
 そして銀河は、ルナに右手を差し出した。
「今年のクリスマスを共に過ごしてくれたこと、夜明先輩の誕生日を共に祝ってくれたことに感謝する。いつもありがとう」
「……こちらこそ、いつもありがとう」
 その手を、両手で包むように握手して――
「来年のクリスマスも、一緒に祝えたらいいね」
「ああ。そのときには、新一年生も一緒だといいのだが」
 銀河はそう言って笑う。
 右手を大きく左から右へと振って、
「では、またコミパで会おう!」
「うん。夜明先輩も、またです!」
「ま、また」
 銀河と夜明に会釈して、ルナは駅の階段を上り始める。
 途中で振り返ると、銀河と夜明はまだそこに立って、ルナを見送っていた。
 それに小さく手を振ってから、ルナは改札に入る。
 ホームに立って、電光掲示板と時計を確認して、
 気付く。
 雪の積もりかけた駅の光景。
 空気は刺すように冷たく、手はかじかみかけて、顔に当たる風は痛いほどであったけれども――
 不思議と、胸のあたりだけは、温かい気がした。
 それはきっと、
「……」
 クリスマスを祝うことが、少し、好きになれた気がした。

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