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ショートストーリー1(ルナ・銀河・夜明) 2ページ目

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「おお、ルナくん、来たか!」
 藍園駅前にある本屋にたどり着くと、その店先に立っていた眼鏡の長身――蒼乃銀河が大きく手を振ってきた。
 銀河は口調こそ独特な男のようだが、背中まで伸ばした髪、端正な顔立ち、豊かな胸の、高校一年生の女子だ。2研の現部長であり、今日のパーティの主催者でもある。あまり着飾らないタチである銀河は、今日はパーカーとジーンズにネイビーカラーのロングコート、エンジニアブーツという服装である。
「こんにちは、銀河さん」
「うむ。夜明先輩は中で本を見ているそうだ」
 銀河は親指で背後の店内を示してからルナに歩み寄り、
「で、本日の準備はぬかりないな?」
 耳打ちしてくる。ルナはうなずいて、
「ばっちりです」
「それは重畳。では、夜明先輩と合流するか――と、丁度出てくるようだな」
 自動ドアが開いて、背の低い黒髪ウェーブの女子、黒田夜明が二人に歩み寄ってくる。
 夜明は2研ただ一人の二年生で、副部長である。今日はニットワンピースとニーハイブーツの上にポンチョを羽織っている。全体的に黒っぽい服装だ。
「こ、こんにちは、ルナ」
 夜明は顔にも動作にも、全体的に表情が出にくい。が、その内面が今どき珍しいくらい、ものすごく女の子らしい女の子であることをルナは知っている。
 小さく頭を下げた夜明に、ルナも微笑んで会釈を返す。
「こんにちは、夜明先輩」
 銀河は二人が挨拶しあうのを見届けて、いつものように中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、
「それではさっそく我が家へと向かうか。二人とも、こっちだ」
 言って、アーケードの商店街へと入っていく。
 クリスマスイブの街は、きらきらと輝いていた。
 そこかしこに色とりどりのイルミネーションが飾られ、軽快なクリスマスソングが流れている。おもちゃ屋の店先では客引きが声を張り上げ、ファーストフード店の前ではチキンの街頭販売が行われており、献血ルームのお姉さんがサンタの衣装でにこやかに笑っている。行き交う人は誰も笑顔で、あたりはしあわせな空気に満ちていた。
「お祭り騒ぎですね……」
「まあ、イブだからな」
「そ、そういえばなんだけど。キ、キリストの誕生は二十五日よね? ど、どうして二十四日にお祝いをするのかしら?」
 夜明が言うと、銀河はいささか得意げに眼鏡をくいと押し上げて、
「教会暦では、日没が一日の境なのですよ。現在我々が用いている暦での二十四日の日没からは、教会暦で言えば既に二十五日なのです」
「そ、そうなんだ……」
「また妙なことを知ってるのね、銀河さん」
「いやなに、クリスマスをネタに描こうと思ったことがあってな。軽く調べたというだけのことだ」
 そう言って銀河はかかかと笑う。
 銀河は、既に投稿経験もある漫画家志望者だ。そのためか、博識、というにはたまに一般常識が欠如していることがあるような気もするが、妙な知識を豊富に持ち合わせている。
 ルナは、背後にケーキ箱の山を積んだサンタが声を張り上げている様に目を留めて、
「ケーキとかチキンは買っていかなくていいの?」
「ああ、俺も学友とクリスマスパーティというのは初めてでな、いささか浮かれているのかもしれん。昼のうちに買い出しは済ませてしまった」
「お、お金……み、みんなで食べるケーキとか、チ、チキンの分くらいは、」
 夜明が言うと、銀河はそこで何か思いついたように自分の顎をなで、
「ふむ、そこのスーパーに寄ろうか。俺としたことが、菓子やジュースの類を用意するのをすっぽり忘れていた。すまないが、その分の代金はルナ君と夜明先輩でもってくれるか?」
「……」
 ルナはわずかに考える。
 ――銀河の気遣いを、無にはできない。
「うん、わかった」
 ルナは微笑み、うなずいた。

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