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ショートストーリー6(夕陽・銀河・ルナ・夜明・ひなた) 3ページ目

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 恥ずかしそうに、夜明はフリップを机に立てる。余白いっぱいのフリップの中央には小さな丸文字で、

【魔法少女になる】

 とある。
「え、えっと、か、陰ながら世界の平和を守る、ま、魔法少女になれば……」
「……リトルマジカルみたいな、ですか?」
 夕陽は見たことがなかったが、名前くらいは知っている。日曜の朝にやっているアニメだ。本来は女児向けであるはずだが「大きなお友達」の視聴者も多く、銀河、ルナ、夜明の三人も毎週月曜にはよく話題にしている。
「そ、そう……」
 夜明がうなずき、銀河はぽんと手をうつ。
「なるほど、リトルマジカル方式ならば、一巻の時点では『普通の女の子』だったひなたくんが、ある日突然魔法少女になることもできるわけですね」
「……そもそも、その『リトルマジカル』ってどういう話なんですか?」
 ひなたが問うと、銀河と夜明が目を見合わせた。
 どちらが説明するか、というアイコンタクトが行われ、結果として銀河が立ち上がった。横にある本棚へと歩んでいくと、大判の本を一冊抜き出す。ツインテールの女の子が魔法少女っぽい服装でハートのステッキを手にした表紙に『魔法少女リトルマジカル公式ガイドブック』とある。
 銀河はその裏表紙、同じツインテールの女の子が制服を身にまとい、通学鞄を手にしているイラストを一同に見えるように示して、
「『魔法少女リトルマジカル』は、小学五年生の女の子、二条城莉麻(にじょうじょう・りま)が主人公のアニメだ。莉麻はそもそも、同じクラスの高橋たかしくんに恋する普通の少女であった。が、あるとき行き倒れていた天使のクピピを助けたことによって、天使使(てんしし)となる」
「てんしし?」
 ひなたが問う。銀河はうなずいてガイドブックを裏返し、表紙の魔法少女を指さして、
「クピピの説明によれば、天の使いが天使であり、その天使の使いなので天使使となるそうだ。まあ要するに、天界の下っ端ということになるな」
 続けて銀河は、いつものように眼鏡を中指で押し上げ、
「リトルマジカル世界では、世の中の幸福量というやつによって天界と魔界のパワーバランスが変化する。幸福な人間が増えれば増えるほど天界がパワーを増し、魔界はパワーを失う。その逆も然りだ。でもって、人の幸福というのも諸々あるが、クピピはその中で人間関係担当なのだ。天界側であるクピピは恋愛を成就させようとし、魔界側であるライバルのカルロスは破局させようとする。簡単にいえばそれだけの物語なのだが、これが意外と深くてな。誰かの恋が実ることは誰かの恋の終わりであったりもして、複雑な人間模様が描かれているがゆえに『大きなお友達』にも人気なのだ」
「……ということは、私は恋愛を成就させようとする、恋のキューピッドをやるってことですか?」
 ひなたの質問に、銀河とルナと夜明がうなずく。
「……」
 ひなたは、横目でちらりとだけ夕陽を見やってから、
「えっと、質問です。たとえば――あくまでも、たとえばですけど。天使使は、自分の恋愛感情が誰かの恋心とバッティングしたら、どっちを優先するんでしょう? 莉麻ちゃんでいえば、たかしくんを好きな誰か他の女の子が現れて、その恋を叶えなくちゃならなくなる、とか」
「いい質問だ、ひなたくん」
 銀河はガイドブックを本棚に戻しながら、
「リトルマジカルの――まあ『俺が見いだしたテーマ』は、自己犠牲だ。1期のクライマックスで、たかしを好きになったクラスメイトの恋を叶えるために、莉麻は自分の気持ちを捨てて行動することになる」
 それを聞いたとたん、ひなたは視線を落として、
「……私、リトルマジカルはいいです」
「……」
 銀河は何か言おうかと迷ったようだったが珍しく口を開かなかった。
 一瞬だけ間が空いて、銀河の代わりにルナが、
「えっと、じゃあ、あと夕陽くんだけど――」
 言われ、
 夕陽は、しばし迷ってから――
 フリップを、とん、と置いた。

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